4、5年前、五島の港(若松か有川だったと思う)で、ウツボ料理を宣伝する手作りポスターを見かけて、アレッと思ったことがあった。五島列島のちょっと珍しい魚介類として、カットッポ(ハコフグ)やウチワエビは有名だけれど、ウツボは聞いたことがない。
沖縄、奄美、宮崎、高知、紀州、伊豆、神津島、房総など、黒潮が洗う土地では、伝統的にウツボを食べていて、大半の土地で味わってきた。ついでに言えば、ぼくが初めておろした丸ごと一匹の大きな魚は、ウツボだった。場所は、トカラ列島の諏訪之瀬島で、三十数年前の話だ。その時は、地元の人の指示通り蒲焼きにして、おいしく食べた。旨いというより、無事におろして調理することができただけで、胸がいっぱいだったと言った方がいいかもしれない。
しかし、日本海側や瀬戸内海、西海では、ウツボがいるにもかかわらず、なぜか食べるという話を耳にしていなかった。例外といえば、熊本県の天草でウツボ料理を特産化しようとしているという動きくらいか。
気にかかった五島のウツボだが、その後食する機会もなく記憶の片隅に眠っていた。ところが、最近若松島に宿をとろうと調べていたら、ウツボが再び浮上してきたのだ。港近くの橋口旅館が経営する割烹ゆうで、「うつぼ御膳」を出しているではないか。品揃えからして、ウツボのフルコースだろう。港で目撃したのは、ここのポスターだったらしい。
一種類の魚のフルコースはどうしても飽きがくるが、全国各地で食べてきたウツボなので、見過ごすわけにはいかない。それに、どんなふうに料理しているのか興味深い。これまで食べたことがあるのは、蒲焼き、タタキ、一夜干しの炙り、唐揚げ、煮魚、煮凝り、唐揚げの甘辛煮などなど。
顔もイメージも獰猛だし、力強くうねる姿も不気味だ。しかし、見かけと味は無関係で、半透明の白い身はさっぱりとして上品な味わい。皮は調理法によってとろけるようにもなるし、しっかりした歯応えが残る場合もある。難を言えば、小骨が多いことか。それも、上手な料理人の手にかかれば、食べる方には問題ない。
早朝の船で、若松から福江に向かうつもりだったので、旅館は素泊まりにして、夕食はうつぼ御膳に挑戦することにした。観光客が少ない季節の一人旅なので、フルコースとなると予約しておいた方が無難だろう。確認すると、唐揚げなどの単品は当日でも大丈夫だが、コースは予約して欲しいという。もちろん、その場で申し込んだ。
宿に荷を解いて一風呂浴びた7時過ぎ、隣の割烹ゆうの暖簾をくぐった。
まず並んだのは、ひんやりとしたタタキ。かなり歯応えがあるが、硬いというわけではなく、噛みしめるうちにほぐれていく。じっくり味わっていると、主人の橋口正剛さんが教えてくれた。
「ウツボはコラーゲンの多い魚ですが、特にタタキは含有量が多くて、半分以上がコラーゲンなんですよ」
女性のように美肌を追及しているわけではないが、それでも健康に良さそうなのは嬉しい。それに、あっさりとしていながら、隠れたうまみが滲んでいるような味わいだ。
鶏の腿肉を想わせるような歯触りと味わいの唐揚げ、ナスやシシトウと合わせた揚げ煮。

そして、初顔合わせの茶碗蒸しがやってきた。どれもこれも、無理してウツボではなく、それなりの料理になっている。ウツボの串刺し照り焼きは、蒲焼きのような味つけで素直においしい。

ウツボの身は、白い鶏肉のような味わいだ。ウツボらしさを主張するのは、むしろ皮。揚げるとカリッと硬くなり、歯応えもかなりのもの。焼いた時も、歯に絡んで存在を主張する。味噌汁や茶わん蒸しのように、水気が多いとふんわりとろりとした食感も楽しめる。ご飯に炊きこまれた皮つきのウツボはむっちりとしていた。

密かにウツボ通を自認していたが、炊き込みご飯やみそ汁ははじめてで、うつぼ御膳に挑戦してやはりよかった。
料理の内容もさることながら、なぜ五島の若松島でウツボなのか。
一通り料理が出そろったところで、ご主人の橋口さんにポスターを見て以来くすぶっていた疑問をぶつけた。
「知り合いの漁師から、延縄によくかかるウツボをなんとかできないかと、相談されたのがキッカケでした。昔、漁師はみそ汁などにして食べていたようですが、今はほとんど食べない。一般の人は、元々食べませんよ。他にうまい魚がいくらでもいるんだから。どちらかというと白身の方が好きだから、長崎ではマグロもろくに食べません。ヨコワ(若いマグロ)ぐらいは食べるけど」
なるほど、それで一肌脱いだというわけか。手を染めた理由は納得できたが、ウツボ食の伝統もなく、料理した経験もなかった人が、どのようにこれだけの品数を生み出したのだろうか。
新しい料理を開発するプロジェクトに、ちょうどよい補助金があって、専門機関でタタキなどのコラーゲン含有量を測定してもらったり、ウツボ料理の本場である高知へ視察に行ったりしたという。
「高知では、いろいろ教えてもらいました。ただ、肝心の小骨の処理法だけは教えてくれなかった」
周辺は教えてやるから、核心部分は自分で工夫しろということか。ある意味では秘伝だろうから、無理からぬことだろう。
「ハモのように骨切りしてみたんですが、それでも口に骨っぽさが残ることがある」
結局、気になる骨は包丁で抉りだすようにとっているらしい。一回だけだが、ウツボに刃を入れたことのある者として、その難儀さが痛いほど分かる。
工夫と研鑚と関係者を呼んでの試食を繰り返し、うつぼ御膳は5年ほど前に一応の完成をみた。当時は、けっこう話題になってウツボ料理目当てのツアー客が、続々と海を越えてきたらしい。ただし、余計な手間がかかることを考えると、あまりいい商売とはいえなかった。だからだろう、話題になって観光客がたくさん来たにもかかわらず、後に続く店や宿は現れなかった。
先述した品数が並ぶうつぼ御膳は、2500円だ。ウツボの仕入れ値は分からないが、そう高価ではないだろう。しかし、手間が膨大だ。この値段は、安いのか高いのか、はたまた適当なのか。人によって評価が分かれるだろう。
ご当地食材が気にかかる者として、同じく延縄にかかるというクロアナゴについてたずねた。対馬ではトウヘイと呼ばれ、漁村の雑煮には欠かせない10キロを超すこともある巨大なアナゴだ。
「蒲焼きみたいにして食べます。あれも、小骨が多いですが」
「他に、可能性がありそうな面白い海の食材はないですかね。地元では、ほとんど利用されていないような魚とか」
「ヌタウナギを獲って売っている漁師がいます」
日本人はほとんど食べないが、韓国人が愛好するウナギに似た細長い魚だ。地元の漁師も、韓国向けに獲っているらしい。日本で見向きもされないが、韓国では高級食材なので、それなりの値段で売れるのだろう。駿河湾の漁師から、獲れたヌタウナギは全て韓国へ運ばれていくと聞き興味をもったが、五島近海にもいるらしい。
「ヌタウナギを料理したことはありますか」
「今度来る時は、用意しておきましょうか」
そんな話で盛り上がるうちに、爽やかなレモン風味のシャーベットがでてきた。なんと、これもウツボ料理で、最後を締めくくるデザートだった。
「ウツボのコラーゲンを使ったシャーベットで、女性にはとても人気なんですよ」
網にかかったヌタウナギが出す粘液が日本の漁師には嫌われているようだが、海水を吸った大量の粘液を何か(例えば、保湿剤)に利用できないか研究が進んでいるという。もしかしたら、美容や健康に優れた効果がある成分が含まれているかもしれない。
そんな事実が判明したら、ヌタウナギ料理を食べて美肌を取り戻そうと、オバさまたちが押しかけてくるだろう。その頃には、恐らく五島列島の教会群も、世界遺産に登録されていて、美容・健康とエキゾチックな教会が誘因となり、五島の観光風景も大きく変わるかもしれない。
写真:若松港に寄港したフェリー太古
コメントについてコメント