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上五島の『隠れキリシタン』と信仰

五島列島は“教会の島”といわれます。五島列島全体で50もの教会があり、さらには新上五島町だけでも29の教会があります。リアス式海岸の入り組んだ浦々の集落に、ひっそりと隠れるように佇む教会は、五島のキリシタン信仰と数百年におよぶ迫害の歴史を静かに物語っています。

五島のキリスト教の歴史を遡ると、1587年、安土桃山時代に豊臣秀吉がバテレン(宣教師)追放令を、1596年にはキリシタン禁制を発令。江戸時代に入ってからは1612年に徳川家康がキリシタン禁教令を発令。さらに1626年には「キリシタン五島入島禁制」が発令され、明治初期までの250年以上に渡り、キリスト教徒への厳しい弾圧が続いていました。1873年(明治6年)、明治政府によって禁教の高札が外され、信仰が黙認されるようになったのはわずか130年ほど前。それまで国内のすべてのキリシタンは、皆、隠れキリシタンだったのです。

若松島の最西端には、現代でも船でしか渡れないという場所にキリシタン洞窟があります。ここはかつて、明治初期に弾圧から逃れてきたキリシタンたちが潜伏していた洞窟です。4カ月ほど潜伏していましたが、洞窟内で暖をとるためか食事のために焚いた火の煙が見つかってしまい、ここも弾圧されてしまったといわれます。明治6年には弾圧が解かれたはずでしたが、五島での弾圧はさらに何年も続いていたのです。

そのキリシタン洞窟をご案内していただいた渡し船の船頭さんが、「実は私は、隠れキリシタンの神父(帳方役)をやっております。私で9代目です」と語りかけてくださいました。
弾圧が解かれて130年以上たち、隠れて信仰を守る必要があるのだろうかと思う方がいらっしゃるかもしれません。しかし、弾圧され続けた250年の歴史のほうがはるかに長く、命がけで守り、その命をつないできた先祖から大事に受け継がれてきた信仰なのです。

潜伏してきた長い間、仏教徒などを装うために土着の信仰と混ざり合わざるをえず、現代のカトリック信仰とはまったく違うような様式となっているようですが、 「私たちは何百年もの間、ずっと形を変えずに現代までこの信仰を伝承してきました。むしろ、キリスト教が伝来した頃の原初の祈りの言葉を守り継いでいる部分もあるともいえるのです」

いま、隠れキリシタンは五島にはわずか10世帯しか残っていないといわれています。
「どこで途切れるかはわからないが、先祖から受け継いだ大事な信仰を、自分たちで守れる限りは続けていきたい」 代々受け継いできた信仰を船頭さんは、そう語ってくださいました。

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