HOME > 上五島・小値賀を知る > 上五島コラム 日本のうどんの発祥地は、五島列島中通島だった!?
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日本人が大好きな食べ物のひとつ、うどん。中国で生まれた「麺」が日本に伝わり、全国各地で独自に発展しておいしいうどんが誕生したといわれます。讃岐(香川)、稲庭(秋田)、水沢(群馬)が日本を代表するうどんとして有名ですが、五島うどんを「日本三大うどん」のひとつにあげる声もあります。しかしどのうどんを「三大」に数えるかは、ちゃんとした定義もないのでここでは触れません。
五島には古くからうどんがありました。うどんづくりの工程で椿油を使うのが五島うどんの特徴ですが、それは島の人の間だけで食べられていました。麺の特性からして他の地には広まりにくかったのです。これが「幻のうどん」と呼ばれる由縁です。
さて、この幻のうどん「五島うどん」が日本のうどんの発祥であるかもしれないと、うどんのルーツを調査された方がいます。中通島の出身で旧上五島町の教育長をつとめられた吉村政徳さん、現職は奈摩郷地区にある政彦神社の宮司さんです。自ら中国に渡り調査されたということで、五島うどんのお話をお聞きしました。
「九州の西方に位置する五島列島は、遣唐使の時代、船が寄港する場所でした。中国からやって来る遣唐使船には1艘に何百人もの人が乗っており、大陸の文化が寄港地である五島にもたらされるというのは、ごく自然の流れです。大陸の食文化が、ここ五島にいちばんに伝わるということはけっして不思議なことではありません。
私は「うどん博士」と異名をとる国学院大学の加藤有次名誉教授から、「うどんは中国から遣唐使船が伝え、その製法は五島から全国に広まった」こと、そして「そのルーツは中国の『索麺(さくめん)』にある」ということをお聞きしました。早速、中国の麺について調べ始めました。中国にはなんと400もの麺の種類があるそうです。その中から折江省温州市近郊の永嘉県に「索麺」という麺があるということがわかりました。それでは現地まで行ってその麺を調べてみようと、中国まで行ってみました。
私はその永嘉県の「索麺」を見て、本当に驚きました。そこで見た麺の製法が、五島うどんと何から何まで同じだったのです。そこはうどんを作らない家庭がないほど、村全体がうどんの里という感じでした。気候も五島と非常に近かったですね。それで五島うどんのルーツはこの「索麺」に違いないと確信しました。
大陸から伝わった麺は、中通島の船崎という地区から広まり、現在の「五島うどん」になりました。遣唐使の時代といえば7世紀から9世紀のこと。いまから1000年以上も前から、五島の人はうどんを作っていたことになります。うどんに関する研究はまだ途中段階で、発祥地を限定するにはいたっていません。しかしそれだけに古き時代に思いをはせて「五島うどん」を食べてみるのも、壮大なロマンを感じられるかもしれませんね。
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